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「風立ちぬ」菜穂子が山へ帰るのはなぜ?菜穂子の最後は?死んだわけではないと思える理由とは?

  • 2019年4月11日
  • 2019年4月12日
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こんにちは、椎木です。

映画風立ちぬのラストに菜穂子が二郎へ手紙を残し、山の療養所へ帰るシーンがありますが。これがなぜなのか、色々と考えてみました。

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菜穂子が山へ帰った理由は?

重荷になりてくなくて

普通にこのシーンを見れば、自分の死期を悟った菜穂子が、重篤化する自分が二郎の重荷になる事を嫌って、山へと帰っていったように見えます。

自分の苦しむ姿を見て、苦しむ二郎を見たくなかったのでしょうか。

美しいままでお別れを

菜穂子は、衰えを悟られぬよう、隠れて頬紅をぬるなど、自分の弱い所や苦しむ姿を二郎に見て欲しくなかったという節がありました。

美しい姿と美しい思い出だけを二郎に残したかったという女心があったのではないでしょうか。

実際菜穂子の気持ちを汲むような素振りを周りの人が見せている事からもそう考えられなくもないです。

最後まで二郎と同じ景色を見たかった

なぜ山に帰ったのか。

苦労を掛けたくないとか、弱っていく自分を見せたくないとか、そんなネガティブな意味ではないとしたら?

菜穂子の療養所は富士見高原病院と言われています。

標高およそ1000m。

空にあこがれた二郎が見続けた空を一番近くに感じられる場所が、たまたま山の療養所だったのではないでしょうか。

最期を感じ取ったからこそ、その最期の瞬間を二郎が憧れた景色に一番近い場所で迎えたかったのではないでしょうか。

重荷だとか、女心とかじゃない、ただただ最後までそばで寄り添いたかった。

そういう思いがあったのではないでしょうか。

死ぬつもりなどなかった

とまぁここまでは、自分の死期を悟った菜穂子がどう最期を迎えるかについての理由でしたが、そもそも「最期を飾るつもりはなかったのでは?」と言う方向から考察してみます。

これはほぼ私の願望ですが、ラストの「生きて」に繋がる気がします。

生きねば

キャッチコピーであるこのセリフ。カプローニの「君は生きねばならん」に出てきますよね。

ですが、実はこのセリフ、菜穂子と二郎の2人の心情を現したものなのでは?と私は思ってます。

「風立ちぬ いざ生きめやも」と「生きねば」の両方が菜穂子からの手紙に書いてあったとしたら?

「あなたとともに生きていこう」と言う手紙であり、死ぬつもりより、治療に望みをかけて、死へと抗うために山へと帰ったのではないでしょうか。

そもそも初めに山へ行くことを決断したのだって「治して共に生きる」という意志からでしたし。

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菜穂子の最期は?

どうなったのかの描写はありません。ですが当時の結核は不治の病として恐れられていました。

恐らく多くの方が菜穂子の最期についてそう思っているでしょう。

確かに物語の終盤で二郎が飛行機のテスト飛行中に、虫の知らせでもあったかのように振り返る描写があります。

それは一陣の風となった菜穂子が背中を押しに来たとの見かたもできます。

ですが、私としては「生きねば」と言う意思を胸に山へと帰ったわけですから、少なくとも少しは生きていたのではと思います。

最期を覚悟して山へ帰ったわけではない。「生きねば」と言う意思と共に最期まで戦ったのだとしたら…

いつかその命を終えるとしても、達観し受け入れたのではなく、最期まで戦って「生き抜いた」んだと思います。

最期は「死んだ」のではなく、「生き抜いた」。言葉遊びみたいですが、私はそう思っています。

まとめ

最期は描かれていませんし、人は必ずいつか終えるものだとしても、その瞬間に抗ったのか、達観して受け入れたのか。それは私達の判断に任せるということでしょう。

私は最期まで抗ったのだと信じています。

なので菜穂子の最期は「死んだ」ではなく、「生き抜いた」と言うことでどうでしょうか。

生き抜いてみたからこそ、「生きて」のセリフに繋がるのではないでしょうか。

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