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徴用工の写真は戦後に取られたもの?筑豊炭田の日本人を撮影した齋藤康一のプロフィールや経歴は?

こんにちは、椎木です。

ここ最近よく耳にする「徴用工問題」。政府間での取り決めを無視するような対応に、多くの国民が怒っているのは周知の事実ですよね。

そんな中、「徴用工」だ。声を大にして言われていた写真が、実は日本人で、しかも戦後に取られたものだった。と言う事が結構波紋を呼んでいます。

その写真がこちら

今日はそんな話題の写真をとった齋藤康一さんと言う写真家について

  • プロフィール
  • 経歴

を調べてみました。

齋藤康一のプロフィール

齋藤 康一(さいとう こういち)さんは1935年3月31日生まれの現在84歳です。84歳とは思えない程、若く見えますね。

出身は東京都品川区です。

東京学芸大学附属竹早中学校、東京都立竹早高等学校を経て、日本大学芸術学部写真学科に入学しています。この頃から既に「写真」で生きるという気概が見えますね。

同大学在学中、写真家である林忠彦さんの助手を19歳から務めています。

その後、写真家の秋山庄太郎の助手を経て1959年に大学卒業と同時にフリーに転身しています。

在学中にしっかりと学んでいたとはいえ、卒業と同時にフリーに転身というのは、凄い気がするんですが、どうなんでしょうか。

学生の頃は経営学を学びつつ居酒屋でバイト、卒業と同時に居酒屋オープン!みたいに考えたら、やっぱりすごい気がしませんか?

齋藤康一の経歴は?

大学を卒業し、フリーになった齋藤康一は、週刊誌や月刊誌に2000人以上もの人物写真およびルポルタージュ(現地で取材などをした報告)を掲載していました。

1965年には第一回日中青年大交流に日本写真家協会より参加し以後、40年以上にわたり、野べ80回中国を訪問、取材し続けています。

そんな中国を撮り続けた「上海」は齋藤康一さんの代表的な写真集の一つです。

1976年、第7回講談社出版文化賞を、

1988年には日本写真協会年度賞を

2014年には、第9回飯田市藤本四八写真文化賞受賞を受賞するなど、数々の受賞歴を持っています。

大学卒業と同時にフリーで時代から、今なお現役で活躍しているそうです。

まとめ

今回は「筑豊炭田の日本人」で話題の写真家、齋藤康一さんについて

  • wikiプロフィール
  • 経歴

についてまとめてみました。

こんなすごい人の写真を無断で「徴用工です」と言ってのける神経は私には分かりませんが、とにかくそういった事には使用しないで欲しいものです。

それでは今日はこの辺で、最後までお読みいただきありがとうございます。

ではまた次のニュースで。