オジンオズボーン|篠宮暁の芸歴や同期がすごい!21年をまとめてみた

「秒で漢字暗記」がバズっている漫才コンビ「オジンオズボーン」の篠宮暁さん。

今や小学生やその親に大人気の篠宮暁さんですが、その芸歴は21年と長く、イメージとしては遅咲き感が否めません。

ですがさすが21年の芸歴、様々な紆余曲折を経ていてとても凄いので是非漢字以外の篠宮暁さんも知って下さい!

オジンオズボーン|篠宮暁の芸歴が凄い!

「秒で漢字暗記」というリズネタとも学習ネタとも言えるネタがバズっていますが、元々は漫才コンビのボケを担当したりネタを作成しています。

(ちなみにコントではツッコミを担当する事があるなど、かなり多彩な方です。)

お笑いの世界に飛び込んだのは実に16歳の頃。

高校1年生の頃に見た「ABCお笑いグランプリ」の決勝コンビのネタに感化され、そのコンビが所属していた松竹芸能の養成所の門を叩いています。

そのまま養成所を出て、芸人の道へと進んでいらっしゃいます。

篠宮暁の芸歴:スタートダッシュ期(1999~2005年頃)

養成所を出て、相方の高松新一さんとコンビでスタートした篠宮暁さんの芸人人生。

デビュー当初のコンビ名は「篠宮高松」と飾り気がないものの、その実力は本物で

2002年には関西地方の人気芸人の登竜門とも言える

NHK上方漫才コンテストで優秀賞を受賞しています。

コンテストでの結果が示す通り、関西地域を拠点に活動されていた当時は

お笑いのライブやイベント、もちろんコンテストにも多数出演し

芸人としての収入だけである程度食べていけていた

とほぼ下積み0の時代を過ごされています。

そして当時の勢いそのままに、2005年にはTBSで深夜帯に放送されていたコント番組「10カラット」のレギュラーまで勝ち取り、活動拠点を東京に移すことになります。

まさに絵を描いたようなスタートダッシュを決めていますね。

篠宮暁の芸歴:低迷期(2006年~2011年頃)

スタートダッシュを決め、深夜と言えど東京でのレギュラーも獲得し、東京へと活動拠点を移した篠宮暁さんですが

翌年の2006年から一気に流れが変わってしまいます。

折角レギュラーとして決まったコント番組「10カラット」が放送を終了する事になり、一気に仕事がなくなってしまいます。

仕事がなくなった24歳の頃に、初めて芸人とアルバイトの二足の草鞋という遅れてきた下積み時代を味わう事になります。

この「遅れてきた下積み時代」は29歳の頃まで続き、その間コンビニやレンタルビデオ店、定食屋、テレアポなどに加え、日雇いのアルバイトまで様々なことを経験しています。

その間の芸人としては

NHKで放送されていた「爆笑オンエアバトル」などでゴールドバトラーに選ばれるなど、決して活躍されていなかったわけではありません。

ゴールドバトラーの条件
次の(1)または(2)を満たしていること。ただしいずれの場合も、現在同じグループで活動していること。
(1)挑戦回数が15回以上で、オンエア率が7割5分以上
(2)通算オンエア回数が20勝以上
ただ当時、「爆笑オンエアバトル」での活躍と裏腹に他の芸人の仕事が上手く行かなかった背景を、篠宮暁さんご本人は
「オンエアバトル」は観客が「面白い」と評価されたネタだけが選ばれてオンエアされるという仕組みです。

 

そのため個性的なネタよりも万人に受けるネタが求められるんですよね。

自分がやりたいネタより、みんなが見たいネタが受ける。しかしそういった自分の個性を貫きづらい事情もあり「オンエアバトルではよく見るけど、他の番組には出られない」というジ「オンエアバトル常連芸人」も多くいたんです。

もちろん「オンエアバトル」でもお客さんを笑わせて、それで他の番組にも出演できる実力を持った芸人もいましたが、少なくとも自分らはそうなれなかった。

と語っていました。

そして始まったのが、今でも芸人にとってのビッグドリームである

「M1グランプリ」

そんな「M1グランプリ」で芸歴の近いキングコングや南海キャンディースなどが結果を残す中、篠宮暁さん達オジンオズボーンは、出場資格がなくなるまで全く華が開くことがありませんでした。

篠宮暁の芸歴:回復期(2012年~2019年)

そんな低迷期の流れを変えたのは、やはりご自身たちの力。

漫才コンテストでの活躍でした。

仕事がなくなった事で逆に開き直り

「純粋に自分たちが面白い事を追求していこう」

と言うスタンスで仕事に臨まれるようになった結果なのでしょうか。

フジテレビ系列で放送されている漫才トーナメント「THE MANZAI」において、のびのびと楽しそうに漫才をする姿に

2012年、2013年と認定漫才師に選ばれる事になりました。

この事をきっかけに、全国での知名度が上昇していき少しずつ芸人としてのお仕事が増え、漸くアルバイトとの二足の草鞋を脱ぐ事が出来ました。

メディアの露出は増えてきたものの、篠宮暁さん曰く

しかし僕が街で歩いて、いろんな人に声かけてもらえるようなレベルの「売れている芸人」にはまだまだ全然なれてないですけどね(笑)。

出典:https://entrenet.jp/magazine/22184/

とまだまだ上を目指しておいでです。

篠宮暁の芸歴:漢字芸人として(2019~)

そんな中で「秒で漢字暗記」の動画がバズり、くしくも時の人となった篠宮暁さん。

切っ掛けはマネージャーさんにが相方の高松新一さんに出された宿題

MCの勉強のため新聞を読んで漢字を覚えろ

と言う物でした。

ちなみにこの時篠宮暁さんには

とにかくギャグを作れ

と言う宿題が出されていました。

その成果をライブで発表するために相方の高松新一さんは分かりやすくするために

「漢字検定3級を受験する」

と公言していました。

その成果発表ライブで

「実は僕も受験していました」

「なんでお前も受けてんねん」

という流れがしたくて、相方の高松新一さんに内緒で漢字の勉強を始めたのが切っ掛けです。

ちなみに漢字を覚える時に、パーツに分けて覚えるやり方は小学生の頃から実施していたようで、明らかに「漢検3級」よりも難しい漢字に挑戦しているのは

「漢検1級」とか取ればクイズ番組に呼ばれるんじゃないか。

というビジョンからとの事。

その過程でご自身の勉強方法動画がバズってしまうんですから、世の中何があるのか分からないですよね。

なんせ、「漢字を勉強しろ」と言われていたはずの相方:高松新一さんは「漢検3級」に落ちて、篠宮暁さんが合格するという、芸人としてはこれ以上ない結果まで付いてきましたし。

地力がある方だけにこの切っ掛けでもっと売れっ子になって欲しいと思います。

篠宮暁の同期が凄い?

 

芸歴を語るに切っても切り離せないのが、「同期の存在」ではないでしょうか。

オジンオズボーンの結成は1999年ですが、松竹芸能は養成所から芸歴としてカウントされているので、所謂同期と言われる方々は2000年に活動開始された方々。

  • キングコング
  • NON STYLE
  • 南海キャンディーズ・山里亮太
  • ウーマンラッシュアワー・村本大輔
  • ピース
  • ノブシコブシ
  • ダイアン
  • ハマカーン
  • オードリー
  • タイムマシーン3号

とかなり豪華な世代です。

正直お笑い戦国時代といっても差し支えない世代ですね。

ただこの方々からは毎回

「あれ?先輩じゃなかった?」

的な言葉をかけられることがしばしば…。

どうやら松竹芸能のプロフィールが1999年デビューになっているせいで、そう思われているようです。

オジンオズボーンのお2人は何度も「同期ですよね」と確認しているものの中々認識されないというジレンマ。

今「秒で漢字暗記」がバズっているので、同期の中でも知名度を上げていってほしいですね。