友風は相撲もピアノも凄い?嘉風と母親や家族と中学高校についても調査!

こんにちは、椎木です。

最近大相撲が好きでよくテレビで見ているのですが、沢山いる力士の中でも特に異彩を放っているのが友風関ではないでしょうか。

大きな体と押し相撲を武器に、実力はかなりの物ですが、実はなんと相撲以外にも意外な才能があるというのです。

そこで今日はそんな友風関について

  • 友風のwikiプロフィール
  • 友風の出身校
  • 友風の母親や家族と嘉風との関係
  • 友風のピアノの腕前

を調べてみました。

友風のwikiプロフィール

日本相撲協会より

友風関こと友風勇太さんのプロフィールはこちら

所属部屋尾車部屋
本名南 友太
四股名履歴南 → 友風
番付前頭九枚目
生年月日平成6年12月2日
出身地神奈川県川崎市川崎区
身長183.0cm
体重180.0kg
得意技突き・押し

体重185㎏というのは全幕内力士の中で7番目の重さ。

身長183㎝は幕内力士の中では25番目とそこまで突出しているわけではありませんが、それでも体重と相まってやはり体は大きく見えますね。

そんな体格を生かした豪快な取り組みは、勝率の実に7割を叩き込みと押し出しが占めるという、押し相撲の典型と言った力士です。

友風の出身校(中学高校など)と学生時の相撲歴は?

友風の出身校

神奈川県出身の友風関の学歴は以下のようになります。

中学川崎市立富士見中学校
高校向の岡工業高校
大学日本体育大学

中学校は地元である川崎市の中学を卒業しています。

向の岡工業高校は、神奈川県川崎市多摩区堰にある公立の工業高等学校です。

相撲部の強さは有名で、毎年全国大会に出場し卒業後は大学相撲や大相撲へ と人材を輩出しています。

日本体育大学は言わずと知れた、体育大学ですね。

相撲部は総部はかなり古く、日本体育会体操練習所時代からあったといわれ、120有余年の伝統を誇っています。

卒業生には琴欧州、妙義龍、嘉風、千代大龍など現在も幕内で活躍する力士が多数います。

友風の相撲歴は?

相撲の名門である向の岡工校、日体大と卒業しているので、さぞ早くから相撲に取り組んでいたのかと思いきや、そうではありません。

小学校の頃は、極真空手とバスケット。中学時代には柔道を経験しています。

初めて相撲に関わったのが、その中学の頃。

当時の顧問が相撲経験者ということもあり、相撲の大会にも出場し、関東大会で優勝をするなど、片手間で始めたとは思えないような成績を残しています。

ただ、当時は相撲に全く興味がなかったそうです

それでもその監督の縁で、向の岡工校へと進学し、本格的に相撲へとのめり込むことになり、高校2年次には全国選抜高校相撲弘前大会で準優勝の実績を残しています。

ちなみにその時の決勝の相手は、のちの逸ノ城関 学生当時から因縁があるのですね。

大学への進学はこれまた高校の監督のとある縁で日体大へ。※後述します。

4年次に全日本大学選抜宇和島大会優勝という実績を残しています。

こうやって経歴を見ると、人の縁によって、大相撲へと進んだというのがよく分かりますね。

友風の母親や家族は嘉風との関係は?

友風の家族

友風関を検索すると「母親」と言うワードが出てきます。

実は友風関、母子家庭で育っており、女手一つで関取にまで育て上げたお母さんとはとても仲がとても良く、

「母ひとりで、ここまで大きく育ててもらった。高校から大学と、どこの地方での相撲の試合の応援にも、必ず来てくれていた。いつも近くにいてくれる、精神的に支えてもらった大きな存在」

と十両昇進の時に述べていました。

ちなみに友風関には妹さんが2人いるので、お母さんは3人の子どもをたった一人で育て上げたのですね。

そんなお母さんは、エステティシャンのお仕事をされている星山 奈美さんと言う方です。

今も友風関にとって一番身近で大きなファンなのだと思います。

友風と嘉風の関係は?

友風関と嘉風関はともに尾車部屋に所属する力士です。

ですが、それ以上にお二人の間には絆がありました。

元々大学進学時に進路に悩む友風関に、当時の監督が引き合わせたのが嘉風関です。

嘉風関と会った事で、相撲に傾倒していった友風関は、大学卒業とともに嘉風関のいる尾車部屋へ。

嘉風関の付け人として、相撲の世界を学んでいくことになります。

付け人をするというのは別に珍しい事ではありませんが、実は友風関は十両昇進後も、嘉風関の付け人をしていました。(通常付け人は幕下までの力士がします)

この異例の措置ですが、実は嘉風関の意向だと言います。

嘉風関としては、準備に取り組む姿勢や、幕内力士としての立ち居振る舞いなどを学ばせた意向があったのではないでしょうか。

実際友風関は、十両昇進後も楽しそうに付け人をする姿が確認されています。

嘉風関の思いがしっかりと通じていた証拠でしょう。

友風のピアノの腕前は?

その大きな体と、豪快な戦いぶりからはおおよそ創造できない「ピアノ」と言うワード。

ですが実際友風関は大学受験の際、相撲に進むのか、音大に進むのか悩んでいました。

小学校の頃には作曲もしており、作曲した運動会の曲は、友風関の卒業後も使われ続けています。

そんな友風関のピアノの演奏動画がこちら

ご本人は「下手」と仰っていますが、十分上手でしょこれ。

力士の太い指であの鍵盤を奏でるのは大変だと思いますが、それを感じさせないのはやはり上手な証拠ではないでしょうか。

音大に進んでいたらもしかしたら、また違った方面で活躍していたかもしれませんね。

……いやそれより現役力士の作曲家と言うのも見られるかもしれません。

稽古が厳しくてそれどころではないかもしれませんが。

まとめ

今回は、友風関について

  • プロフィール
  • 経歴(学歴)
  • 家族や嘉風との関係
  • ピアノの腕前

をまとめてみました。

女手一つで育て上げられた立派な体を武器に、先輩であり、師でもある嘉風関を追いかけるその大きな手からは、造像できないような腕前のピアノを見せてくれました。

今後相撲でも、出来れば音楽でも活躍してくれることを祈っています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

ではまた次のニュースで。