NO IMAGE

山田康雄(初代ルパン)と栗田寛一や宮崎駿との関係やアドリブなどの逸話は?

こんにちは、椎木です。

ルパン三世の原作者であるモンキー・パンチさんが逝去され、金曜ロードショーでも追悼と言う事で劇場版1作目である「ルパンVS複製人間」が放送されますが、今の若い方たちの中には「ルパンの声が違う」とお思いの方もいらっしゃるかと思います。

今日はそんな初代ルパンを務めた山田康雄さんについて逸話をまとめてみました。

山田康雄さんを知らない人々に、ルパンを作り上げたともいえる山田康雄さんを知っていただければ幸いです。

山田康雄と栗田寛一の関係

ご存知初代ルパンこと山田康雄さんと二代目ルパンこと栗田寛一さんですが、お二人はかなり仲が良かったようです。

栗田寛一さんは、当時同じ事務所の先輩だった方の縁が出会いのきっかけだったそうです。

栗田さんがルパンの声色で自宅の留守番電話の待ち受けメッセージを吹き込んだところ、山田さんがそれをそっくりそのまま繰り返した後で「バカヤロー! 俺がルパンだ!」と用件を吹き込んできたことから親交が生まれたと言われています。

一ファンであった栗田さんとしては、めちゃくちゃ嬉しかったんじゃないでしょうか。

また山田さんの晩年には、還暦祝いのコンペに誘われて参加し、山田さんの口パクに合わせて物まねによる山田声を出し、本物を元に「山田康雄を演じる」という芸もみせていたのだとか。

また、栗田さんがものまね王座決定戦に、ルパン三世を題材としたものまねで出演した際、「俺はそんなこと言わねえぜ」という声と共に山田さんが現れ会場を驚きに包んでいました。

山田さんの登場と同時に栗田さんは深々と頭を下げ、その後は二人でルパンを演じていました。

山田さんは常日頃から「俺がルパンだ」と言うほど、ルパンと言うキャラクターに思い入れのあった模様。

そんな山田さんが唯一認めたのが栗田寛一さんですね。

そんな栗田さんですが、未だに「山田ルパン」へのリスペクトから、 収録前には山田さんのルパンの映像を見て雰囲気や匂いに加え、山田さんの声を徐々に出しながらスタジオに向かっているとの事です。

山田康雄と宮崎駿の関係

宮崎駿と言えば、誰もが知っている「ジブリ」ですが、そんなジブリ作品を手掛ける前に、実はルパン三世を一本撮っています。

有名なので皆さんご存知と思いますが、ルパン史上傑作との名高い「ルパン三世 カリオストロの城」です。

そんなカリオストロの城のアフレコ時に事件は起こりました。

宮崎さんから「今度のルパンはクールな抑えた声での演技してほしい」と注文を受けた山田さんは、「今さらごちゃごちゃ言われたくねえよ!ルパンは俺が決めてるンだ!ルパンはオレにまかしときな!」等と言って突っぱねたのだとか。

これは先述した「ルパンは俺だ!」と言う自負があった山田さんのプライドがそうさせたものだと言われています。

そんな態度に宮崎さんは苦虫を噛み潰し、大塚康生さんからは「ヤスベエ(山田さんの愛称)は生意気だから降ろそう」と助言まで。

あわやキャスト変更かと思われた矢先、山田さんは態度を一変させ、「先ほどは失礼なことを申しました。どんな無理な注文でも仰って下さい。やらせて下さい!何百回でもやり直しますので」と頭を下げに来たそうです。

音が入る前の状態の試写を見終わった山田さんが、そのクオリティの高さに感動して頭を下げるに至ったのだとか。

「カリオストロの城」の作画やコミカルなだけではないルパン像に感動したらしく、「こういうのを映画の真髄というんだ」と後に語っていたほど感銘を受けたのだとか。

自分の演技に絶対の自信をもっていつつも、誤っていたのならすぐに頭を下げられる。そういった方だったようですね。

そしてそんな方に頭を下げるまでさせる宮崎駿監督の非凡さはその頃から発揮されていたみたいです。

天才は天才を知る。そんな関係の二人でした。

山田康雄のルパン三世に関する逸話

ルパン三世と言えば、「ふ〜じこちゃ〜ん」や「ルパ〜ンさ〜んせ〜」と代名詞的なセリフがありますよね。

独特の抑揚で発せられるため、一度でも聞いたことがある人なら、文字を見るだけで、その声が聞こえてきそうな物なんですが、元々このセリフは脚本には全くなかったとの事で、完全な山田さんのアドリブだったそうです。

「俺の中にルパンがある!」そう豪語した山田さんだからこそ、出てきたアドリブなんでしょう。

晩年の逸話

山田さんと言えば、その葬儀の際に当時ルパンを追う「銭形警部」を演じていた納谷五郎さんがその弔辞を担当したのは有名な話です。

弔辞の折、遺影に向かい銭形の口調で「おい、ルパン。これから俺は誰を追い続ければいいんだ!?」、「お前が死んだら俺は誰を追いかけりゃいいんだ」と涙ながらに呼びかけたという逸話は今でもファンの涙を誘います。

そんな山田さんですが、死に臨んだ際にとある言葉を口走ったと当時噂が流れました。

当時幼かった私ですが、あまりにも印象的なそのセリフは今でも鮮明に覚えています。

……ただ、ネットのどこを探してもその裏は取れず、どうやら私の周りだけで実しやかに囁かれていただけのデマのようですね。

ただ、私としては当時感動したので、例えデマであったとしても、そんな噂もあったのだという記録を残しておきます。

それだけ、山田さんと言う方が「ルパン三世」として人々に認識されていたという証として。

私の周囲で囁かれていた最後の言葉

「……あばよ……不二子」

関連記事:山田康雄の経歴やwikiプロフィールは?ルパン以外でどんな役を演じていたのか調査!

まとめ

今回は初代ルパンの山田康雄さんについて様々な逸話をまとめてみました。

最後は根拠のない噂ですが、もし本当だったとしたら、やはり「ルパン」だったんだな……と今でも感慨深くなってしまいます。

天国でモンキー・パンチさんや納谷さんと共に、ルパン談議に花を咲かせていて欲しいですね。

それでは今日はこの辺で。

最後までお読みいただきありがとうございました。

ではまた次のニュースで。

関連記事:山田康雄の経歴やwikiプロフィールは?ルパン以外でどんな役を演じていたのか調査!